大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成11年(ワ)18540号 判決

原告

清水美智子

被告

舩橋辰義

主文

一  被告は、原告に対し、金四一九万九二二四円及びこれに対する平成九年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、金五九九万五九七九円及びこれに対する平成九年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(一部請求である。)。

二  訴訟費用の被告負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成九年二月一七日午後八時五分ころ

(二) 場所 東京都足立区西新井本町一-一六先道路(環状七号線。以下「本件道路」という。)上

(三) 被告車 被告が運転し、保有する普通乗用自動車

(四) 原告車 原告(昭和一三年五月一五日生)が運転する足踏み式自転車

(五) 事故態様 本件道路の中央分離帯寄り第三車線上を亀有方面から板橋方面に向かって走行してきた被告車が、本件道路に設置されている横断歩道(自転車横断帯を併置。以下「本件横断歩道」という。)を通過しようとした際、本件横断歩道を足立区西新井一丁目側(北側)から同区西新井本町一丁目側(南側)に向かって横断進行中の原告車と衝突した(以下「本件事故」という。)。

2  被告の責任

被告は、被告車の保有者として原告に対する損害賠償責任を負う。

3  本件事故の結果

原告は、本件事故により、左膝後十字靱帯損傷、右膝内側半月板損傷の傷害を受け、歩行時痛、正座不能、膝不安定性の後遺障害が残存し(甲二)、自賠責保険の事前認定手続において後遺障害一二級七号の等級認定を受けた。

二  争点

1  本件事故の態様と原告及び被告の過失割合

(一) 被告の主張

被告が本件横断歩道を通過しようとした際の対面信号は青色である。原告は対面する歩行者・自転車専用信号が青点滅であったのに横断を開始し、同信号が赤色になったのにあえて中央分離帯を超えて横断したのであるから、五〇パーセントの過失相殺をすべきである。

(二) 原告の主張

原告は、対面する歩行者・自転車専用信号が青色点滅の時に中央分離帯を超えて被告車の走行する第三車線に入った。本件事故は、被告の赤信号無視によって発生した。

2  損害額の算定

(一) 原告の主張

(1) 逸失利益(請求額 四四九万四八四六円)

原告は、本件事故当時六〇歳の主婦であるから、平成一〇年度の賃金センサス女子労働者学歴計・全年齢平均賃金額である三四一万七九〇〇円を基礎収入とし、労働能力喪失率を一四パーセント、平均余命の半分である一三年のライプニッツ係数九・三九三五を用いて算定すると、以下のとおりとなる。

三四一万七九〇〇円×〇・一四×九・三九三五=四四九万四八四六円

(2) 後遺症慰謝料(請求額 二七〇万円)

(3) 弁護士費用(請求額 五四万円)

(二) 被告の主張

不知。

一般に仕事を辞めて年金生活に入る男性の年齢が六五歳位であり、かかる男性も家事を助け合いながら分担していくであろうことを考慮すると、家事労働の負担等に鑑みて算定する主婦の逸失利益について、六七歳を超えて認めるのは相当ではない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件事故の態様と原告及び被告の過失割合)

1  本件事故の態様について

甲六から八、乙一から三、原告、被告各本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件道路は、別紙図面のとおり、亀有方面と板橋方面とを結ぶ片側三車線の、両側に歩道が設置されている交通量の頻繁な道路であり、速度制限は時速五〇キロである。本件道路の中央部には、アスファルト路面と段差のあるコンクリート及びその上に設けられたガードレールによる中央分離帯が設置されている。右ガードレールは対向車の前照灯が運転者の目に入らないようにするための構造となっているが(乙三の〈1〉から〈3〉の写真)、このために、運転者は対向車線上の交通事情を視認しにくくなっている。

本件横断歩道は両側に自転車通行帯が設置されており、これを規制する信号は歩行者・自転車専用信号(以下「原告側信号」という。)となっている。本件横断歩道を通過する車両を規制する車両用信号(以下「被告側信号」という。)と原告側信号との信号サイクルは別紙信号機サイクル表のとおりである。

(二) 被告は、本件道路を走行し始めてすぐに、本件事故現場に至るかなり手前で被告側信号が赤色であることを視認したが、そこまではまだ相当な距離があったため、被告は時速五、六〇キロ程度まで加速して本件道路を走行した。そして、被告側信号に近づいてくる状況になって、アクセルから足を離し、制動措置を取り始めた。別紙図面〈1〉の地点よりも相当程度手前の地点で被告側信号が青色に変わったので被告は再び加速に転じたが、第二車線の先頭で停車していた〈A〉の車両のブレーキランプが消えたのに、またブレーキランプが強く点灯したので、進行方向左側から自転車が渡ってくるのではないかと予測した。しかし、被告は、前方に自転車が現れる可能性があるにもかかわらず、加速操作を止めたにとどまり、制動措置をとることなく更に進行を続けた。そして、進行方向右側から走行してきた原告車と衝突するに至った。

(三) 原告は、本件横断歩道上を原告車に乗って横断を開始したが、中央分離帯に至る前に対面する原告側信号が青色点滅から赤色に変わったため、原告は右中央分離帯直前でブレーキを使うことなく両足を路面に着地させて瞬時に停止させた。そして、一瞬停止状態となったが、原告の横を通過して本件横断歩道を横断していく自転車があったので、原告は再び本件横断歩道を横断するべく運転を開始した。しかし、既に、右各信号が全赤状態を経過して被告側信号が青色に変わっていたために、原告車は、第三車線を進行してきた被告車と衝突した。

(四) 原告は、本件横断歩道の開始時は原告側信号が青色、本件事故時の原告側信号が青色点滅、被告側信号が赤色である旨主張し、それに沿う供述をする。しかし、〈1〉警察官による事情聴取時には原告の横断開始時は原告側信号が既に青色点滅となっていた旨供述し、かつ、原告は警察官調書の内容を読み聞かされた後に署名押印していると考えられること、〈2〉右中央分離帯手前での原告の停車態様はブレーキを使わない異常なものであるが、このように原告車を停車させるだけの極めて強い動機付けを与える事態としては、対面する原告側信号が赤色を表示したこと以外に考え難いこと、〈3〉原告は右停車時の原告側信号が青色点滅である旨強調するが、青色点滅となったのならば、停車するのではなく逆に加速して横断を急ぐのが一般的であり、普段本件横断歩道を通り慣れているはずの原告であれば容易に取り得た行動であるはずなのに、かかる行動をとっていないこと、〈4〉原告は中央分離帯手前で青色点滅で停車しようとしたのは二女から信号に注意するように言われたことを思い出したからであると述べるが、青色点滅時の横断方法等を具体的に指摘されたのであればともかく、そのような一般的な注意を受けたからといって〈3〉の行動をとらなかったという説明としては合理性を欠くこと、からすると、原告主張に係る事故態様は直ちに認め難い。他方、被告の事故直前から事故発生までの供述は、被告車の速度状況や被告側信号が青色に変わった地点についてやや不明確な点があることは否めないが、夜間走行中の状況からすると、走行速度や位置に正確性を欠くこともやむを得ず、供述全体が整然としており、かつ自然かつ合理的な被告の供述は十分に信用することができる。

2  結論

以上によれば、被告は 中央分離帯や〈A〉車両等の存在によって自車線の前方以外の周囲の交通状況が全く把握できない状況であったにもかかわらず、本件横断歩道を先頭車両として通過しようとしていたこと、A車両のブレーキランプの異常な点灯状況を視認して、本件横断歩道上の歩行者又は自転車を予測したにもかかわらず、制動措置をとることなく、アクセルから足を離すだけで漫然と走行を続けたことからすると、たとえ、被告側信号が青色となっていたとしても、被告の走行態様には相当に重い過失責任があるといわなければならない。他方、原告は、原告側信号が青色点滅となったにもかかわらず本件横断歩道の横断を開始し、しかも、原告側信号が赤信号となったときに中央分離帯手前で一旦停止し、全赤状態が経過して被告側信号が青色になった後、再び横断を敢行したのであり、原告の不正常な自転車による横断態様にも少なからぬ過失があったといわなけらばならない。これらの事情を総合的に考慮すると、双方の過失割合は、被告は六〇、原告が四〇と解するのが相当である。

二  争点2(損害額の算定)

1  逸失利益 三七九万八七〇八円

(一) 基礎収入

原告が六〇歳の主婦であり、かつ、月額一〇万円程度の清掃業務による稼働収入を得ていたことからすると、平成一〇年女子労働者学歴計・年齢別(六〇歳から六四歳)の年収である二八八万八四〇〇円を用いるのが相当である。

(二) 労働能力喪失率

原告には、後遺障害等級一二級七号に相当する後遺症が残存していることを考慮し、労働能力喪失率を一四パーセントとするのが相当である。

(三) 労働能力喪失期間

原告は、症状固定時六〇歳であり 平均余命の半分である一三年(ライプニッツ係数九・三九四)をもって労働能力喪失期間とする。

被告は、労働能力喪失期間は六七歳までの七年間とすべきである旨主張する。しかしながら、現段階では家事労働という形で発揮しているために対価を得ていないものの、専業主婦がその稼働能力を労働市場で様々な形で発揮すれば相当な対価を得られる実態を有する場合には、その喪失した稼働能力を逸失利益として評価すべきであるとの考え方を基礎としているのであるから、専業主婦の稼働能力が、一般の現実労働者のそれとは異なり、六七歳を超えた段階で当然に失われるものと考えることは不合理であり、被告の主張は採用できない。

(四) 計算式

二八八万八四〇〇円×〇・一四×九・三九四=三七九万八七〇八円

2  後遺症慰謝料 二七〇万円

原告の後遺症の内容、程度のほか、原告がこれまで行ってきた清掃業務による収入を得られなくなったことも考慮した。

3  小計 六四九万八七〇八円

4  過失相殺(四〇パーセント控除) 三八九万九二二四円

5  弁護士費用 三〇万円

本件訴訟の内容や程度のほか、訴訟の進行状況等を勘案すると、本件で損害として被告に負担させるべき弁護士費用としては、右金額をもって相当というべきである。

6  合計 四一九万九二二四円

三  結論

よって、原告の請求は、被告に対し、金四一九万九二二四円及びこれに対する平成九年二月一七日(本件事故日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 渡邉和義)

交通事故現場見取図

信号機サイクル表(1サイクル130秒)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例